書くだけ書いて、

かわなべひろき、石井宏樹、島崎清大、鹿児島のソングライター3人による雑文集

カフェー石井宏樹ー

俺は普段、通い慣れたファミリーレストランへ行き食事をする時、テーブルに通されるなり、そこに備え付けられた企業名なのか、はたまたその器具の商品名なのかも知らず「ベルスター」と文字が刻印された文明を、如何にも間抜けを丸出しにした顔で一押し、偉そうに店員を呼びつけ、皮張りの椅子に踏ん反り返り足でも組んだ体勢で、自分の食う飯を作れと命令した挙句、飯を食った後の皿も片さずに帰るなどと言う、無礼を極め尽くした日常生活を送っている。

ある日、恋人でもなければ友達と呼べる仲でもない女と「カフェ」と呼ばれる店に飯を食いに行く事があった。当然、通い慣れたファミリーレストランとは違い、客層は主に女性で、心なしか飯の匂いとは違う匂いがして、家族連れですら小声で上品に喋る店内の雰囲気に、俺は勿論狼狽した。

メニューを開くと、筆記体のローマ字で書かれた言語が箇条書きにされていて読めなかった。ほんの今さっき「俺みたいな男が哺乳類を名乗ってすいませんでした」と天への陳謝の言葉が脳裏をよぎったばかりの俺にはあまりにも高すぎるハードルである。しかし、俺も伊達に二十七年も生きてきたわけではない。冷静にメニューを見返すと、筆記体で書かれたローマ字の横にカタカナで料理名が記載されている事に気付いた。どれも見た事も聞いた事もない料理名だが、恋人でもなければ友達と呼べる仲でもない女に、この程度の不安を悟られるわけにはいかない。俺は海産物を使った料理が出てくる予想を立てて「アクアパッツァ」を注文する事にした。

「お待ち致しました、アクアパッツァでございます」と、店員が持ってきた料理を目にして愕然とした。海産物を使った料理である事は読み通りだった。が、俺が直感的にアクアパッツァを目にした感想として、それは魚を吐瀉物で和えたものなのである。なんだ、ここは本当に日本なのか。一切食欲をそそられないアクアパッツァの容姿を見た、恋人でもなければ友達と呼べる仲でもない女が「美味しそう」と言ったので、俺は女に「そんなに美味しそうに見えるなら」と恩を押しつけるようにアクアパッツァを皿ごと差し出して、女に食ってもらった。ダメな男が真価を発揮した瞬間である。

しかし、俺のダメな部分によって、食いたくないものを食う、と言う事を回避した。この出来事は、普段の俺の無礼さを見兼ねた天が俺に与えた罰だった。俺は二度とアクアパッツァを注文する事はない。が、注文する際は気をつけてほしい。料金が発生する吐瀉物を目の前にして、貴方は食欲を保てるだろうか。アクアパッツァを諦めた晩、通い慣れたファミリーレストランで食った飯がいつもより美味しく感じた説明は必要ないだろう。

石井宏樹 Ishii Kouki 1990年生まれ。鹿児島のソングライター。 自宅で一人、iOS版garage bandで録音した楽曲をサウンドクラウド公開していた所、地元のソングライターに見つかってしまい、外の世界へ引っ張り出されてしまう。2017年1月に初ライブを行って以降は柄にも無く精力的に楽曲制作、ライブ活動を継続し、まんまと今日に至っている。 Twitter: http://twitter.com/ISHII_KGSM